| boyaki |
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「百姓の来年」と言ういいぐさがある。 今年は良くなるであろうと言う、期待を込めた自らを鼓舞する言葉でもある。 「百姓の来年」には何の策もなく、あるのは一方的な希望だけだ。私もこの年になり、来年を実現するには相当な適切な仕掛けが必要だと、遅らばせながら、やっと気づくようになった。 「百姓の来年」でなく「来年の百姓」にならなければならない。 |
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ぼやきは、百姓の専売特許でもある。
百姓は博打うちでもある。今日までは100点でも一晩の霜で50点にでも0点にでもなる。 我が家も全滅になった経験もある。 簡単な対策がないのが腹打たしい。 そんな事があれば、廃業するのが正解なのだろうが、それでも止めないのも「百姓の来年」だ。 ![]() |